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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)5791号 判決 1985年10月21日

原告

廣田清次

右訴訟代理人弁護士

山口進太郎

被告

吉田松代

右訴訟代理人弁護士

木内俊夫

藤森勝年

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文同旨

2  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  被告は、昭和五二年四月ころ、訴外株式会社山昭工務店(以下「山昭工務店」という。)との間で、本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という。)を建築することを目的とする請負契約を締結し、同年五月二〇日ころまでに、山昭工務店から完成した本件建物の引渡しを受け、同五五年六月一四日、同社に対して請負代金を完済して本件建物の所有権を取得し、以後本件土地を占有している。

よつて、原告は被告に対し、本件土地所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地を明渡すことを求める。

二  請求原因に対する認否

すべて認める。

三  抗弁

1  被告は、昭和五二年四月一八日、原告との間で、本件建物を原告に対し贈与する旨合意した(以下「本件贈与契約」という。)。

2  被告は、右同日、原告との間で、本件建物につき、保育園として使用する目的で、期間二年、賃料月額一八万円の約定で賃貸借契約を締結した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

四  抗弁に対する認否

すべて認める。

五  再抗弁(解除)

1  本件贈与契約と本件賃貸借契約とは、一通の公正証書により不可分一体のものとして締結された一個の契約である(以下「本件契約」という。)。

2  被告は、本件建物完成後は相当の期間内に本件建物について原告のため所有権の登記をする約束であつたところ、昭和五二年五月二〇日ころまでには完成した本件建物を請負人たる山昭工務店から引渡を受けたにもかかわらず、同社に対して請負代金の支払を遅滞していたため、同社から工事完了引渡証明書の交付が受けられず、原告に対し所有権の登記をすることができなかつたので、原告から登記手続をするよう催告を受け、昭和五三年三月三〇日、虚偽の工事完了引渡証明書を作成、行使して、本件建物について原告名義の所有権保存登記(中間省略登記)手続をした。そのため原告は、昭和五三年一一月二九日、山昭工務店から公正証書等原本不実記載の罪で本田警察署に告訴され、また同五四年七月二四日、同社から本件建物の所有権保存登記抹消登記手続等請求の訴(東京地方裁判所昭和五四年(ワ)第七一九一号)を提起されたので、原告はやむなく同年八月二日、本件建物の原告名義の所有権保存登記の抹消登記手続をした。

3  原告と被告とは、本件契約締結に際し、被告が無断で本件建物から退去したときまたは正当の事由なく一ヶ月以上本件建物を使用しないときは、催告なくして本件契約を解除することができる旨合意したところ、被告は、前記のとおり山昭工務店から本件建物の引渡を受けた後、間もなく同建物において保育園を開園したが、昭和五四年七月ころには右保育園経営を廃止して、以後本件建物を使用していない。

4  昭和五四年七月二三日、讀賣新聞夕刊に、被告が公正証書原本不実記載同行使、横領の疑いで同日書類送検され、これに先立つ同五三年一月三一日東京都から保育園の乱脈経営のために保育園設置認可取消処分を受けている旨及び総額一億九〇〇〇万円の負債の返済を迫られている旨の記事が掲載された。

5  以上の事由により原告と被告との間の本件契約の信頼関係は著しく破壊され、その回復は不可能な状況となつたので、原告は、昭和五五年五月二六日、内容証明郵便により本件契約を解除する旨の意思表示をし、右書面は、同月二七日、被告に到達した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は争う。

2  同2の事実のうち、被告が本件建物完成後相当の期間内に本件建物について原告のため所有権の登記をする約束であつたことは否認し、その余は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4のとおり新聞で報道されたことは認めるが、記事の内容は真実ではない。

5  同5のとおり解除の意思表示があつたことは認めるが、その効力は争う。

七  再々抗弁

被告が本件建物における保育園経営を休業しているのは、被告の健康上の理由によるもので正当な理由があるから、本件契約の解除原因となるものではない。

八  再々抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実及び抗弁事実については、すべて当事者間に争いがない。

二右争いのない事実と、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

1  被告は、新しい保育園設立のための用地を求めていたところ、金子徳行の紹介により原告所有の本件土地を知り、右金子を介して原告と本件土地利用に関する交渉をした。

2  原告は、本件土地に賃借権を設定することは回避したかつたので、右金子の提案により、本件土地上に被告の出捐により建物を建築し、その所有権を原告に移転したうえ、これを原告が被告に賃貸するということで、本件土地を保育園として使用させることとし、その結果、原告と被告との間で、昭和五二年四月一八日、公証人河野力作成の建物賃貸借契約公正証書と題する公正証書(東京法務局昭和五二年第四二四号)(乙第一号証)(以下「本件公正証書」という。)により、本件贈与契約及び本件賃貸借契約を締結した。

3  本件公正証書第一二条には「本物件は賃貸人が賃借人に賃貸するために第三者から買い受けるものであるが、買受代金は賃借人が負担支払うものとする」との記載があるが、これは右公正証書作成に際し、公証人河野力から本件贈与契約をそのまま建物賃貸借に関する公正証書に記載することはできないと言われ、同人の助言により右のような条項にしたものであつて、原告と被告との間では右条項をもつて本件贈与契約を締結するものである旨了解した。

4  原告は、本件公正証書作成の当日、被告から敷金として賃料一ケ月分相当の金一八万円を受取つたが、そのほかにはいわゆる権利金、礼金等の名称で通常不動産の賃貸借契約の締結に際して賃借人から賃貸人に対して一時に交付される金銭が、被告と原告との間には全く授受されておらず、これは本件においては本件建物の贈与が本件建物の賃貸借を通じて本件土地を提供する原告に対する土地賃貸借契約における右の一時金の授受に代わるものとして、原告と被告を含めた関係者間に理解されていた。

以上の事実によれば、本件贈与契約は、被告が本件土地において保育園を経営するための本件賃貸借契約の前提をなしており、右両契約は不可分一体のものとして締結された一個の契約であると解するのが相当であり、そして、被告としては、原告に対し、本件建物完成後諸手続に要する相当の期間内に、請負人に対し代金を完済してその所有権を取得し、原告名義の所有権の登記をなすべき義務を負つており、これは本件契約の重要な要素をなしていたものと解するのが相当である。

三再抗弁2の事実(登記義務の点は除く)については当事者間に争いがなく、被告が本件建物完成後その引渡を受けた後、前記のとおり虚偽の書類を用いて原告名義の保存登記を作出したほかは、原告に対し、本件建物について所有権の登記手続をしたことの主張立証はないところ、前記のとおり、本件贈与契約は本件賃貸借契約の前提をなすもので、本件契約は全体として不可分な一個の契約であり、本件建物について原告名義の所有権の登記手続をなすことは、本件契約において被告がなすべき重要な義務の一つであることを考えると、被告が右の登記手続を怠つていただけでなく、前記のとおり虚偽の工事完了引渡証明書を作成、行使して原告名義の保存登記手続をし、原告をして山昭工務店から告訴され、右保存登記の抹消登記手続をするの余儀なきに至らしめる等の行為をしたことは、建物の賃貸借という継続的契約をも内容とする本件契約において、その基礎となる信頼関係を著しく破壊するものといわなければならず、このような場合において、原告としては、本件贈与契約を切り離して本件賃貸借契約のみを解除することができるかどうかはともかくとして、右贈与契約を含めて本件契約の全部についてこれを解除することはできるものと解するのが相当である。

四原告が被告に対し、昭和五五年五月二七日、本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

五そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告はなんらの占有権限なく本件土地上に本件建物を所有して同土地を占有していることになり、原告が被告に対し、本件土地の所有権に基づいて、本件建物を収去して右土地の明渡を求める原告の本訴請求は理由のあることが明らかであるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行宣言については相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官小川英明)

物件目録

(一) 東京都江戸川区鹿骨二丁目二三四番

畑(現況雑種地) 一一六八平方メートル

のうち別紙図面〈省略〉のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、イの各点を順次直線で結んだ線に囲まれた部分二一三・八一平方メートル

(二) 建物(ただし、未登記)

所在地 東京都江戸川区鹿骨二丁目二三四番地

種 類 園舎

構 造 木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建

床面積 二一三・八一平方メートル

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